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FOCAL 創刊の辞

FOCAL は、だれもが「知の探究者」となり、世界を結び、新たな時代をきりひらくジャーナルです。こどもたちが、はじめて天体望遠鏡で宇宙を眺め、美しい星空に感嘆の声をあげるように、あるいは顕微鏡を覗き込んで雪の結晶に魂をふるわせるように、学問のドキドキとワクワクに出会う場所。それがFOCALです。

21世紀の現在、わたしたちが生きている社会は目覚ましい変化を遂げています。とりわけ近年、生成AIの登場を通じて、「人間とマシン」や「仮想と現実」など、これまで自明とされてきたさまざまな境界が曖昧になってきています。さらにソーシャル・メディアの影響により、膨大な情報の波に飲み込まれるなかで、わたしたち自身の認知もまた、自らの意志とは別に、アルゴリズムによって他律的に形成される機会が増えています。
そこでは、従来の近代的な法や政治を支えてきた、人間の主体性や責任、権利や自由、デモクラシーの理念もまた、根底からの再考を迫られています。

ここで重要なキーワードとなるのが、dignityすなわち「尊厳」です。
「尊厳」という言葉を聞いて、何を思い浮かべますか。現代社会において、「尊厳」とはいかなる意味を持つでしょうか。人間として、気高く、崇高であること。あるいは、お互いに尊重されるべきもの、生まれながらの権利であるとこたえられる方もいるでしょう。もちろん、今日では人間と動物という区分自体も見直されています。人間だけでなく、動物の権利についても考えなければなりません。
さまざまな領域の融和が進む今日だからこそ、相互に侵食する関係性のなかに均衡点を探り、「尊厳」をめぐる価値を再定位する、思考様式の革命が求められています。
地球規模の政治課題や環境問題への取り組みを通じて、多様な価値を重んじながら将来世代の持続的な繁栄を実現するためにも、「尊厳」について新たな視座から研究をおこなう必要があります。
人間とすべての生物、マシンを含む世界の万物が共存する均衡点を探り、包摂的な社会の発展と人類の善き生の未来の創造に寄与したい。
このような思いから、私たちは2024年7月に、慶應義塾大学X(クロス)Dignityセンターを設立しました。

X Dignityセンターには、脳や神経、身体、動物、環境を研究する自然科学者や工学者、医学者から、西洋、アフリカ、中東、アジア、日本など世界の歴史や哲学、文学、芸術、文化、政治、経済、商業、法律を研究する人文・社会科学者まで、個々の専門分野の垣根を越えて多彩な研究者が集います。そして、頭文字Xに示されるように、大学の内側と外側に橋を架け、さまざまな人々が交差(クロス)するような、「知の連環(Academic Chain)」を構築することを目指します。

そんなセンターの活動をもとに、毎号、大学と産業界、一般社会とを新たにつなぐ領域横断研究の最前線に「焦点」をあて、読者の皆さまとともに、21世紀における「尊厳」をめぐる価値を考究する対話の場となるのが、ジャーナル FOCALです。
X Dignityの世界へ、ようこそ!

2025年10月23日
牛場 潤一 / 大久保 健晴 / 徳永 聡子 / 山本 龍彦 / クロサカ タツヤ