脳科学 × Dignity
―時代が問う三つの尊厳―
田中 謙二
X Dignity センター運営委員会委員、慶應義塾大学医学部教授
私は1997年に医学部を卒業すると同時に、精神科への入局を選んだ。動機は、「脳という臓器が不思議だから」である。医者になれば全員研究を行う時代だったので、どうせ研究をすることになるなら、とことんやりたいし、ちょっとやっただけで解けてしまうような分野は先がないと学生ながらに思った。そんな動機で専門を選んだ私は、どちらかというと基礎研究中心の生活を送ってきた。そしてこれまで尊厳が脳科学研究の対象になるという考えを持たずにいた。しかし、時代の変遷とともに、自分のやれることが増えてくるとともに、脳科学研究が扱う尊厳に関する話題が少なくとも三つあると思うようになった。
隔離拘束とDignity
医学部生の間に、精神科の臨床実習があった。たかだか2週間の臨床実習であり、学外の精神病院見学を1日と、残りは慶應病院精神科の実習である。病棟に鍵がかかっている、個室に鍵がかかっている、という状況を精神病院ではじめて見たが、当時はその事実とDignityを重ねることは無かった。世の中そういうものなんだ、と鵜呑みにすることに慣れきっていた。
治療は人間の尊厳を守るために行われるが、精神科の治療は、人間の尊厳を守るための方向と、人間の尊厳を侵害する方向という相矛盾する方向を持つ。外出が自由に行えないように許可制にする、普段は外出できないように建物そのものに鍵をかけておく、というのは尊厳を守ることとは真逆だ。精神医学を作ってきた先人達はとうにその矛盾を把握しており、我が国では「精神保健及び精神障害者福祉に関する法律」(以下精神保健福祉法)で尊厳を最大限に守りつつ、拘束や隔離を行うルールを厳密に定めている。
現在、総人口の10人に1人が80才以上の超高齢社会になっている。当然、認知症患者も増える。自分の親が、自分の祖父母が、夜な夜な徘徊する。床の間で排便する。介護する家族はほとほと疲れ果てる。こんな状況に直面した場合、読者の皆さんは家族をいきなり精神病院には連れて行かない。一般病院にまずは連れて行く。
精神病院は、精神保健福祉法の運用を常時義務づけられており、隔離拘束と尊厳のバランスには医師、看護師、事務員全職種が常時心を砕いている。鍛えられている。認知症患者を受け入れることとなれば、精神保健福祉法に準じて、必要があれば隔離拘束を法の下に行う。
一方の、一般病院に務める医師は、隔離拘束と尊厳のバランスを常識の範囲内で捉えるものの、精神科医ほどには鍛えられていない。そして、よりどころとなる法律も指針も無く、いきなり「すべての国民は、個人として尊重される」という憲法第13条頼みになる。その重症認知症患者の点滴中に、彼らをベッドに身体を拘束し、手袋をはめることはやむを得ない。確かにやむを得ない。一般病院は、精神保健福祉法の管理外なので、医師看護師自らが、患者の尊厳を守ることとそれを侵害することの是非を考え、個々のケースに対応するしかない。
超高齢社会である現代は、弱い立場である高齢患者の尊厳を一般病院でどう守るのか。精神保健福祉法にかわる法律を新たに作るのか、それともなんらかの啓発事業を通して重症認知症患者の尊厳を守りつつ最後を迎える枠組みを議論し実装するのか。これが一つ目の「超高齢化時代とX Dignity」。
新規治療とDignity
私が精神科としての経験を積む中で、最も驚いたことは、「患者さんがとても良く回復する」という事実である。安心させる、納得させる、受け入れる、労うなどの先輩医師の職人芸だけではなく、単純に薬が効く。数千年前から対話を通じて心の問題の解決にあたってきたことは、過去の偉人の記述を見ても理解できる。一方で、精神科の薬を人類が手にしたのは、1950年代である。たかが70年の歴史しかない。
その薬の発見を偶然と捉える視点もあるが、慶應精神科OBの八木剛平は必然と捉えている(文献1)。私が慶應精神科に入局した時の准教授であり、私が医局に寝泊まりするたびに、しばしば医局で寝泊まりしていた八木から精神病治療の開発思想史を聞いた。要約すると以下になる。1940-50年代の外科医にとって、手術そのものによる侵襲をどのように軽減させるのかが一つのテーマであった。ダメージから鼓舞するのではなく、むしろ薬を使って人工冬眠状態においておとなしくさせた方が良いという逆転の発想をしたフランス人医師ラボリがいた。その冬眠のような状態をもたらす薬として開発されたものの中に、クロルプロマジンとよばれる最初の抗精神病薬がある。この逆転の発想が、統合失調症の治療にも及び、同じくフランス人のドレイが、休息をもたらす薬としてクロルプロマジンを見いだし、効果を検証・実証した。2026年の今もクロルプロマジンは精神科で使用されている。
今では科学も進み、クロルプロマジンが脳の何細胞の何分子に結合して、ドーパミンやセロトニンシグナルがどうなるのかまで分かっている。したがって医学部の授業では、ドーパミン、セロトニンなどの単語を用いて、精神科治療薬の説明をする。しかし、ラボリの思想や人工冬眠状態を学生に語ることはない。私自身も、ラボリの思想を振り返る機会は無かったが、今回の原稿依頼で改めて人工冬眠、冬眠様状態の精神医学応用を考えてみた。
この冬眠様状態(体温が20度台まで下がり、エネルギー代謝が落ちる)が、冬眠動物だけに限った話しではなく、冬眠しないマウスにおいても、人工的に導くことができるという発表が、2020年に筑波大学の櫻井武らによって報告された(文献2)。彼らがQ神経と名付けた神経を活性化させることで冬眠様状態を誘導できるのだが、興味深いことにヒトにもQ神経は存在する。
救急外来の現場で、重症外傷患者に冬眠様状態を誘導して、生命維持を図る。これは外科医であるラボリの当初の目論見のままである。宇宙飛行士が宇宙に飛び立つと同時に冬眠し、現地で目覚める。映画ではよく出てくるので、読者の皆さんも容易に思いつく。
では、心に傷を負ったヒトに対して、冬眠様状態の誘導は効果があるのだろうか。ぐっすりと眠ることで、心のダメージは軽くなるが、通常の睡眠に加えて人工冬眠を処方したら、心のダメージはもっと軽くなるのだろうか。これらの問いは、マウスを用いた実験で答えることができる。実際に私がこの実験を担当したとして、もの凄く効果があったとする。そうすると、こんな未来が見えてくる。
患者A「特定の顧客からのカスハラで疲れ果てました。会社が間に入って対応してくれたものの、私が会社で役に立たないという気持ちが拭えずに不安緊張が強いままです。会社に申し訳ない気持ちが強く、正直死んで詫びたいと思うこともあります」
医師B「1週間ほど休職して、冬眠しましょうか。その間、視床下部という脳の奥にある領域にこの管を脳表から刺して留置することになります。痛みは無いです。電流を流すとすぐに冬眠が始まります。自宅では目を覚ますことがなく、休んでいる間に悶々としなくて済むので楽ですよ」
1週間後の患者A「お陰様でしっかり休めました。会社でやっていく自信が戻りました」
完全な夢物語だ。マウス実験で「科学的に」冬眠様状態の効果が証明されたとして、これを「ヒトに実装しますか?」
時代が進むにつれ、人間の知識が増えるにつれ、ヒトを幸せにするかもしれない技術をヒトは持つ。医学の進歩はそのわかりやすい例だ。この時に、ヒトに実装して良いか否かは何が決めるのだろうか。ヘルシンキ宣言という1964年に世界医師会が採択したものがある。医師自身が守る国際的な倫理規範である。現在は、医師が行うすべての臨床研究は、このヘルシンキ宣言の枠組みの中で行われる。一言で云えば、ヒトの尊厳を守りましょう、という規範である。
ヘルシンキ宣言に頼らなくとも、尊厳は過去も未来も、その価値は変わらない。それを認めた上で、どうやって人間が相互に関わりながら社会を形成していくのかについての方法は、時代によって変わる。「先端技術をヒトに実装して良いのか問題」は、1945年以降、常に議論されているものである。これが2つ目の「先端科学技術時代とX Dignity」。
脳への直接の介入とDignity
私の今の研究は、これに近い。私はマウスを研究対象として、うつ病や不安症を研究している。正確には、マウスはうつ病や不安症にはならないので、マウスのうつ病様症状や、不安様症状なるものを定義して、それが何故生じるのか、それをどうやって治すのかを研究している。
読者の皆さんは驚くかもしれないが、ヒトとマウスの脳の体積は3000倍ほど違うし、神経細胞数も1000倍違うのに、おおまかな作りはとてもよく似ている。たとえるなら、スマホとスパコンの違いで、作りはおおまかには同じだ。従って、マウスで得られた知見をヒトに応用することはさほど難しくない。前述した通り、マウスで発見されたQ神経は、ヒトにもある。
私の研究分野では、「先端技術をヒトに実装して良いのか問題」に「ヒトの脳に手を加えて良いのか問題」が加わる。特にロボトミーの歴史が影を落とす。1949年にノーベル賞の対象となったロボトミーは、精神疾患の新しい治療法として1935年にデビューした(文献3)。受賞者のモニスが最初に行った症例のうち実際に効果があったのは不安症とうつ病であった。しかし、ロボトミーの施術対象を、(今なら効果が乏しいと実証された)統合失調症に拡大したことと、それを患者の同意なく行ったことが問題となり、全世界でロボトミーが禁止された。日本でも1975年に日本精神神経学会が、「精神外科(ロボトミー等)を否定する決議」を正式に採択した。
これにより、50年経った今も、日本では精神疾患治療に外科的手技を一切用いないことが続いている。海外においては、強迫症という不安症の一つと、難治性うつ病に対して、脳に直接介入する手技を洗練させ、強迫症にたいしては国に承認された治療法として、うつ病にたいしては臨床試験として行われている。これらの海外の実情から鑑みると、既存の治療法よりも明らかに効果のある治療法は、患者に届けることでむしろ患者の尊厳が守られると言えよう。過去の採択に従って一切の脳への外科的介入を禁止するというのは見直す時期に来ているのではないか。これが三つ目の「脳介入時代とX Dignity」。
最後に:時代 X 尊厳
ヒトの尊厳の価値は、過去も未来も変わらないが、尊厳を守る方策、尊厳を高める方策は時代時代によって異なる。だからこそ私は、多くの研究者から知識を得て、未来の精神科治療について考え続けたい。そのためのプラットフォームがX Dignityなのだ。
参考文献
- 八木剛平、田辺英:精神病治療の開発思想史、星和書店、東京、1999年
- Takahashi TM et al., A discrete neuronal circuit induces a hibernation-like state in rodents. Nature. 583:109-114. 2020
- 橳島次郎:精神を切る手術、岩波書店、東京、2012年
※一部画像はイメージです(生成AIを利用して制作しています)