答えなき時代のガバナンス
デジタル社会のガバナンスにおいて国家と企業が求められる役割とは
山本 健人
北九州市立大学法学部准教授/慶應義塾大学KGRI訪問准教授
瑞慶山 広大
九州産業大学地域共創学部地域づくり学科・准教授
徳島 大介
日本電気株式会社 デジタルトラスト推進室 ディレクター
出雲井 亨
東京半島株式会社 代表取締役
2025年度「民主的ガバナンスユニット」研究プロジェクト振り返り対談レポート
デジタル技術の進化は、既存の法制度の枠組みを、ひいては私たちの社会を支える民主主義を揺さぶり続けている。AIをはじめとする先進デジタル技術の社会実装が加速する中、国家は何をどのように規制し、企業はいかなる責任を負うべきなのか。慶應義塾大学X Dignityセンターの「民主的ガバナンスユニット(正式名称:持続可能な社会の発展と民主的なガバナンス)」は、この困難な問いに対し、政治学、法学、そしてビジネスといった多様な立場からアプローチしている。
2025年12月15日、同ユニットをリードする山本健人氏(北九州市立大学准教授/慶應義塾大学KGRI訪問准教授)、瑞慶山広大氏(九州産業大学准教授)、徳島大介氏(NECデジタルトラスト推進室ディデクター)の3名が1年間の研究活動を振り返った。
企業の現場が直面する「アジャイル・ガバナンス」の理想と現実
NECの徳島氏は、民主的ガバナンスユニットが立ち上がった背景および活動内容を改めて説明した。
「昨今、デジタル技術は急速に進化している。一方で、その技術に対応した法的枠組みを同じスピード感で整備することは容易ではない。行政も様々な工夫を重ねているが、技術の専門性やスピードへの対応には依然として課題が残ると感じている」(徳島氏)
そこで最近注目されているのが「アジャイル・ガバナンス」である。アジャイルは「敏捷な」「素早い」といった意味だ。アジャイル・ガバナンスは国や政府が大枠の方向性や目標を示しつつ、実際の細かいルールづくりは、民間など色々な立場の人たちが主体的に関わることが期待されているガバナンスモデルである。しかし、アジャイル・ガバナンスにも課題はある、と徳島氏は指摘する。
「ルール形成の主体という役割を与えられた際、民間中心では下せない判断が確実に存在する」(徳島氏)
例えば顔認証技術を用いて公共の安全確保をするケースを考えてほしい。カメラの画角内にいる人物を瞬時に自動で把握できるため、犯罪抑止の観点から有効とされている一方で、不特定多数の人々の顔情報を照合することになることから、市民のプライバシー保護という大きな課題も伴う。
「公共の安全(犯罪抑止)とプライバシー保護、どちらを優先すべきか。この本質的な価値判断を、民間中心で決めることはできない。民間が自主的に取り組める領域と、国家が介在して価値の序列を定めるべき領域の『線引き』が今後ますます大きな焦点となる」(徳島氏)
また、様々なステークホルダーと対話することは重要であるが、対話の対象や範囲には限界がある。どこまでの範囲とコミュニケーションを取れば「民主的な手続き」を経たと言えるのか、という問題も残る。
2025年度は多様な学問分野からの「素材集め」
このような企業の課題意識を出発点としたのが民主的ガバナンスユニットだ。2025年度は、全8回の研究会を開催した。
「今年度の活動は、特定の結論を急ぐのではなく、社会変容の実態を多角的に把握するための『素材集め』に重点を置いた」(瑞慶山氏)
研究会では主に三つの論点を設定し、各論点に沿って幅広い分野からゲストを招いた。
論点1は「これからの情報社会における国家・企業・市民の役割分担の見直し」だ。NECの徳島氏が顔認証の例で説明したとおり、国家や企業が何をどこまでやるべきなのか、という役割分担は重要な課題だ。
論点2は「ミニパブリックスの実施に向けた理論・手法の整理と実施計画の策定」だ。ミニパブリックスは、無作為に選ばれた多様な市民が、専門家による情報インプットも得ながら特定の公共問題について深く議論(熟議)し、政策提言などを行う手法のこと。代議制民主主義に代わる新たな問題解決法として注目されている。研究会での実践を目指し、その理論や手法の整理、実施計画の策定などを進めている。
論点3は「地域や市民を出発点とする非集権的ガバナンスの検討」だ。いわゆる国家中心的なガバナンスではなく、地域で散発的に発生するようなガバナンスについて研究を進めている。
「先ほど徳島さんからいただいた『国家が責任を持ってやるべき領域と、企業が自主的にやるべき領域の線引き』というテーマに照らし合わせると、論点1は『国家と企業の役割分担の総論』について、論点2は『企業が実施するマルチステークホルダープロセスでの市民の声の反映方法』について、論点3は『多彩な市民参画のあり方』について、という位置付けになっている」(瑞慶山氏)
初回となった4月の研究会「AIガバナンスと規制戦略論」は、原田大樹氏(京都大学教授)を招いた。法律に違反した者にペナルティを課すという従来の方法を相対化したうえで、行政指導や企業の自主規制も活用した「ベストミックス」を模索する規制戦略論について議論した。
「これはまさに、本研究会がやろうとしていることに近い内容なので、ご多忙の原田先生に無理を言って最初に報告していただいた」(瑞慶山氏)
10月には、入井凡乃氏(慶應義塾大学KGRI所員)を招いて「不確実性の時代における議会の役割――アジャイル・ガバナンス論の背景と課題」をテーマに研究会を実施した。技術が急速に進む社会においては、法律が短期間で使い物にならなくなったり、技術が社会にもたらすリスクを法律が過小または過大に規制してしまったりすることが考えられる。そういった状況に対処するために、議会の役割を改めて検討した。
11月には「ビジネスと人権」をテーマに、大野悠介氏(東洋大学准教授)、高橋大祐氏(真和総合法律事務所)を招き、グローバルな流通過程で生じる人権侵害に対して企業が負うべき責任や、デジタル社会特有の人権問題について検討した。
なぜ「法律」でなければならないのか
北九州市立大学の山本氏は、2025年度の研究成果を憲法学の観点から整理した。徳島氏が投げかけた「法律によって決定すべき領域、アジャイルに決定すべき領域」の問題は、憲法学では一般的に「義務的立法事項論」と呼ばれる問題と関連する。日本国憲法には国籍や選挙制度など「法律でこれを定める」と定められたものがいくつかあるが、中には義務的立法事項と解釈すべきか議論の分かれるものもある。
そこで山本氏が手がかりとして提示したのがドイツ憲法学に由来する「本質性理論」だ。これは「民主主義社会において、国民にとって本質的な決定は、国民の代表である議会が自ら行うべきであり、行政や民間に委ねてはならない」とする理論だ。しかし、デジタル技術を含む「不確実性」が高い領域では、議会には何が「本質的」な問題なのかの判断自体が困難な場合がある。この場合、技術についての専門知を持たない議会には、適切なルールの設計ができないことも意味する。
なぜ、「法律」という形式にこだわる議論があるのか。その理由は、議会における「公開の審議」というプロセスにある。利害関係者が注視し、透明性が確保された場で議論が尽くされることこそが、法律という形式での決定手続きが持つ特徴である。民間がルールを作る際も、この意味での「民主的な手続き」をいかに担保するかが鍵となる。
そこで山本氏は、「不確実性を伴うデジタル技術に対しては、アジャイル・ガバナンスを活用するのがひとつの方法論だが、法律は単に『ゴール』を定めるだけでは不十分ではないか」と問いかける。X dignityセンターの共同代表である山本龍彦氏の見解に依拠し、ゴールの設定に加え、ルール形成にあたって民間主体が法益衡量する際の基本方針の決定(価値の序列化)、ルール形成が公共的価値を踏まえて適切かつ公正に行われるための組織的・手続的条件の設定(憲法的アカウンタビリティを実現するためのシステム・デザイン)もあわせて考える必要があると指摘した。
山本健人氏はさらに、アジャイル・ガバナンスの実施に際しての組織的・手続き的条件の設定に関しては、「リスク評価・リスク管理」などの観点を踏まえて専門知およびガバナンスの生成・評価・改善の制度化が必要ではないかと問いかけ、今後本ユニットで研究を進めるべき課題だとした。
収穫は「高い壁が見えてきたこと」
瑞慶山氏は今年度の収穫を「高い壁が見えてきたこと」と表現した。法学の世界でも未解決な「根本的な問い」に直面したという。一方で、理論的な「線引き」が完成するのを待てないほど、技術の進化は速い。
現場では、新しい技術を社会に実装する際、企業がレピュテーションリスク(評判を落とすリスク)や社会的な反発を受ける可能性を十分に認識し、慎重に判断することが求められる。
「正解が見えない中でも、社会的な意義があると信じるなら、関係者としっかり対話しながら、一歩踏み出す覚悟が必要だと感じている」(徳島氏)
また、テクノロジーに国境がない以上、グローバルな動向も無視できない。EUの「AIアクト」は人権を重視した一つの成功事例に見えるが、それが「唯一の正解」ではないと山本氏は指摘する。
「日本には日本法独自の価値観や文化がある。欧米の基準をそのまま当てはめるのではなく、日本らしい衡量のバランスを模索する必要がある」(山本氏)
AI時代の「責任」と「対話」
2026年度以降、本ユニットは理論の深化とともに、より実践的な発信を強化していく予定だ。その中で特に重要となる論点の一つが「責任」の在り方である。
従来の民主主義やガバナンスにおいて、責任とは「失敗した人間が最後は辞める」という形で取られてきた。しかし、AIが自律的に決定を行う時代、あるいは改善サイクルを回し続けるアジャイルの枠組みにおいて、「人が辞める」という責任の取り方は果たして機能するのか。「責任者を出せ」と言ったときに「AIのプログラムです」と返される社会を、私たちは受け入れられるのか。瑞慶山氏は、この「AI時代の責任論」こそが、次なる大きな研究課題になると予見している。
もう一つの重要な試みは前述した「ミニパブリックス」の活用である。市民全体の縮図となるように選ばれた人々が、十分な情報を得た上で熟議するこの手法は、企業が社会全体に影響を及ぼす技術を導入する際、物理的に不可能な「全市民との対話」に代わり活用が期待される。このミニパブリックスの実践を通じ、市民の声を意思決定に反映させるガバナンスの形を模索していく。
今回の議論は、究極的には「アウトプットが合理的に良いものになるための仕組み作り」だと山本氏は語る。国家と企業がどう役割分担し、適切な価値衡量を定めていくのか。国家や一企業だけでなく、多くの企業が業界として関わる問題でもある。今回の民主的ガバナンスユニットのメッセージが社会全体に広く伝わるよう、発信にも力を入れていきたい――山本氏はそう結んだ。
(執筆:出雲井 亨)
※一部画像はイメージです(生成AIを利用して制作しています)